季節に遅刻する
- knit tunica
- 2025年12月26日
- 読了時間: 2分
知らぬ間に、秋はわたしを置いていってしまったらしい。
毎年11月くらいになると、なんとなく調子が優れない日が出てくる。
あたたかくして、深呼吸をしたり散歩をしたりしていたら、いつのまにか暦は12月になり、年も越そうかというころになった。
寒空を漂って、不調もどこかへ流れていったようだ。
この時期の変調について、「なんかいつものやな感じのやつか」と割り切ってから、いくぶん生きやすくなったような気がする。
いつまでも答えを探し続けるより、疑問とともに、ゆるやかに苦しみながら生きてみよう。
と、そんなふうに決めた日があったような、なかったような。
そのへんも、曖昧でいいのでしょう。
どこかしらに残り香はあるものの、鼻を抜けるつんとした冷たい空気や、きらびやかな街の装飾たちが、もう冬の只中にいることを嫌でも知らせてくる。
それらしい派手な音楽に、思わず心が躍ってしまう。
また今年も「なんかいつものやな感じのやつ」を乗り越えられましたね、と誰かが祝福してくれているのかもしれない。
のんびりと、ぬるい空気を引きずったまま支度していたら、時間はすっかりお昼前になってしまった。
アトリエの入口に、葉が一枚落ちている。どこかから風に運ばれたのであろうそれは、無機質なコンクリートの床に、鮮やかさがぽっかりと浮いていた。
風の仕業とはわかりつつも、誰かが届けてくれた、ひとつの手紙のようにも思えた。
黄色から橙へ、あるいは赤から黄色へ、色を移ろわせて。
ちょうど子どもの手のひらくらいの、ちいさなキャンバスのなかで、これでもかと季節の美しさが羽を広げていた。
季節は漂い、わたしの体を通り抜けていく。
逃してしまった瞬間の、ひとつひとつがこんなにも愛おしい。
明日もどうぞ健やかに。
