歯が痛い
- 4月17日
- 読了時間: 4分
歯が痛い。
歯が痛いと、「歯が痛い」ということしか考えられなくなる。
抜歯後の経過がよくなく、もう1週間も痛みとともに生活している。
痛み止めを飲むと痛みレベルが10→6くらいにはなるので、なんとか人間の形を保てている。
とはいえ、6だ。
痛いよ、ふつうにね。
さいわい、これまでの人生で骨折だのなんだのという外科手術を経験せずに生きてきた。
唯一「手術」と呼べるようなのは7年前、変な方向に生えた親知らずを抜歯したときくらい。
大がかりな治療になるとのことで、わざわざ遠くの大学病院を紹介してもらったのだった。
そうだった、あれも歯のやつじゃないか。
今回抜いた歯は変な生え方をしてるわけではないので、かかりつけの街の歯医者さんで対応してもらえたし、手術って程のことではなかったはず。
・・・だったのだが、抜歯後かさぶたの形成が不十分なまま、雑菌が入り込んで悪さしているらしい。
引き続き病院にはお世話になっているが、神の一手は存在しないので、どうにか安静にしてやり過ごすしか今できることはないようだ。
とはいえこの長引く痛みについて、何と言ったらいいのかわからないくらい、大きな大きな苦しみがあって、なんかもう、とにかくつらいのだ。ほらもうああ痛い。
ひとつ行動するごとに、じん、と鈍い痛みが走る。
頭と歯はつながっているのでしょうか、なにか難しめのことを考えるだけでズキズキしてくる。
痛むたびに時計とにらめっこして、前回痛み止めを服用してから何時間経ったかを計算する。
「うそだ・・・まだ2時間しかたってない」
絶望である。
「基本は6時間以上、最低でも4時間はあけて飲んでください。おだいじに。」
看護師さんの優しい笑顔ももう思い出せない。
3月31日14時。2週連続の出張を終えて、自宅に戻り荷物を置いてその足で歯医者へ向かい抜歯した。
疲労と睡眠不足でぼろぼろの体に、なんて追い打ちを用意していたんだ、予約を入れた過去の自分は。
「年度末に終えておきたい」という謎の意識の高さ、いらなかったよ絶対。
こういう予定こそ後回しにしちゃってよかったんだよ。
抜歯という行為の恐ろしさを理解していなかった。
数日ちょっと腫れるかもな~くらいにしか考えていなかったし、痛みについては、麻酔あるし~と完全になめていた。
しかも以前の抜歯の際は、漫画みたいに顔が腫れあがったものの、術後痛みで長く苦しんだような記憶はなかったからだ。
そしてそんな浅はかな考えに加えて、25時間の陣痛を耐えた出産という経験が、わたしの「痛み」についての感覚をたいへん鈍らせていたのだ。
産後、生活で襲い掛かる痛みや苦しみにおいて、「あの陣痛を思えば」を合言葉にすれば、なんだかんだと耐えられるようになってしまった。
冷や汗が吹き出すほどの胃痛も、締め切りぎりぎりのプレッシャーも。
あの陣痛を思えば、まだ耐えられるな、なんて。
わたしの痛みレベル最上位に君臨していた、あんなに痛くて苦しかった陣痛も、いまこの歯痛を抱えながら思い返すとなんかそんなでもなかった気がしてしまう。
痛みの記憶は脆い。
ようやく自分の記憶力があやしくなり、家族に以前の抜歯のときの話を聞いたら、2日間高熱がでて痛みに苦しんでいたらしい。めっちゃちゃんと苦しんでいた。
やはり痛みの記憶は脆い。脆すぎる。
どんなときも健康でいられること以上に幸せなことってないんじゃないだろうか。
当たり前だけれども、痛みや苦しみはそれぞれ比べられるものではないこと、
そして人間の記憶は薄れていくものだということを、あらためて思い知りました。
夜はとくに痛みが強くなる気がするのだが、どうにかごまかして布団に入ると、ゼリー飲料では満たされない胃と気持ちがぎゅるぎゅると音を立てて要求する。
熱くてからくて固いものがたんまり食べたい。
夢の中でいいから、どうか、ザクザクのからい唐揚げとかが食べられますように。
明日もどうぞ健やかに。(しみじみ)
